思いついたことは、とにかくやってみる。長野県塩尻市職員・山田 崇さんを迎えて第1回「ほっとけないSHOW」開催

長野県塩尻市職員で元ナンパ師という異例の経歴をもつ山田 崇さん。超満員で熱気あふれる会場で、カンパイ☆ファンディングのビールを片手に、とにかく興味のあることをやり続けていくことの重要さや、塩尻市の挑戦者のお話などを熱く語っていただきました。

  • シェア
  • ツイート
  • LINEで送る

思いついたことはやればいい、口に出してみることが大事。

五十嵐:本日は、いつ長野にいるんだっていうくらい全国を飛び回っている長野県塩尻市職員の山田さんをゲストにお迎えして『第1回ほっとけないSHOW』をやっていくわけなんですけど…...

山田:ちょっと待って!この『ほっとけないSHOW』っていうのは、北海道を除いた46の都府県から1人ずつゲストを呼んで対談するっていう企画なんだよね?それで、私が1回目なんでしょ?

山田:トップバッター、超嬉しいんだけど!!

五十嵐:あはは!!

山田:私って誰よりも早く、なにかをはじめて、目立ちたいタイプなんですよ。今でも圧倒的にモテたくて。

五十嵐:今でも!

山田:でもね、今日とにかく私が言いたいのは、今は誰もが自分の選択をできるようになっている時代だということなんだよね。思いついたことはやればいいんです!いま私は44歳なんだけど、35歳まで普通の公務員だったんです。今日は若い人が多いけど、私と同じくらいの人もいますよね。でも、命を燃やしてやってみれば、なんでもできるから!(←ちょっと重いかな笑。「でも、たいがいのことは、ちょっとやってみようかなーって感じで、できちゃいますね!」かなと)

キャリアの8割は、予想しない偶発性によって決定される。やってみなければわからない。

山田:8年前に、自分がいまのようなことをやっているかって、全く想像がつかなかったんですよね。でも、個人のキャリアの8割は予想しない偶発性によって決定されると思うんです。関心があることを、とにかくやってみる。それを記録して公開しておくと、後から来た人が見てくれるフラグになるんです。

五十嵐:なるほど。

山田:やってみて、それが続かないとしたら、今じゃないということです。または、自分が好きだと思っていたけど、そうじゃなかったのかもしれない。例えば、ショートケーキが好きだったとして、それが何故なのかを考えてみると、甘いものが好きとかイチゴが好きとかではないのかもしれない。もっと掘っていくと、誕生日が好き、両親に祝ってもらった幸せな記憶が関係してくるかもしれないというのが、なんとなくぼんやり見えてくるんです。そうやって、声に出して経験して、深掘りしたたあとに気づくことが多いですよね。まずはやってみるの連続で、量こなすことで自分自身でも他人からでもわかってくるんじゃないかな。自分のキャリアを考えてみても、休みの日にプライベートでいろんなことに取り組んで、その結果、行政での仕事につながったケースが多いんですよ。

山田:それで言えば、五十嵐さんとの出会いも偶然だったよね。最初の出会いは東京でのイベントだったんだけど、その2週間後くらいに五十嵐さんからいきなり連絡が来て、『塩尻市でいい整骨院しりませんか?』って(笑)。

五十嵐:鎌倉から滋賀まで一本歯下駄で歩く『歩んで舞る』という企画だったんですよ。でも、10日目くらいでアキレス腱がパンパンに腫れちゃったんですよ。これは治療をしないとまずいぞと思ったときに、なぜか山田さんの顔が浮かんで連絡したんです。

山田:五十嵐くんとは、ほんの少し前に知り合って、その後にそれだよ!?でもなんか五十嵐さんのことは最初のイベントのときから引っかかっていて、なんか力になりたくて、塩尻の奈良井の宿を一棟借りて、みんなで泊まったんだよね。

五十嵐:そうでした、そうでした。

山田:でも、やっぱり口に出してみることが大事ですよ。私、教員免許ないけど大学の先生になりたいんですよ、もっと若い人がキラキラして地方で働けるように。そうやって声をあげていたら、いま信州大学で授業やゼミに関わることができています。みんな、東京で学んだことを生まれ故郷で実践したいって言うんだけど、ちょっと地元で働くとみんな死んだ魚の目になっちゃう。

山田:でも、私みたいにいろいろ外でやってる市役所員がクビにならないっていう前例があるから。役所って前例踏襲主義だけど、私という前例があるから大丈夫なんです。怒られても、『でも、山田はああいうことやってるじゃないですか!』って(笑)。

五十嵐:そもそもの話になっちゃうんですが、北海道の人間からすると、塩尻の街のことをよく知らなかったりするので。どこにあって、どんな場所かとか。教えてください。

山田:そうですよね。塩尻市は長野の中央で、分水嶺なんです。つまり、塩尻市の山から太平洋に流れる水と日本海に流れる水が流れ出ている。昔の話をすれば、塩尻には中山道宿場町があって、江戸と京都の真ん中に位置する街だったんです。

五十嵐:交通の要衝にある、ど真ん中の場所なんですね。

山田:さらにいえば、太平洋側で採れた塩と日本海側で採れた塩の運搬路の終着点が塩尻なんですよ。持ってきた塩がちょうど尽きる場所。だから、塩尻独自の価値を作っておかないと塩が届けてもらえなかったんです。それで、京都や大阪から、流行や知恵といった情報を持ってきてもらって、江戸に届けたんです。塩の道のターミナルで、分水嶺で、宿場町の真ん中。それが塩尻の文化を作ってきた。

五十嵐:その文化は今でも続いているんですか?

山田:そうですね。例えば、塩尻市役所は1996年にインターネットプロバイダー事業を始めているんですよ。ドメイン交付をしたりする、全国初の行政SP JSPR事業者です。だから、我々の世代がいきなり最初になにかやったというわけではなく、昔から、市役所の先輩方たちも知恵をしぼって、なにか価値を生み出そうとしていた街なんだと思うんですよ。

量は質に転化する。徹底した興味は距離を超越する。

五十嵐:山田さんが塩尻で新しい取り組みを続ける動機は、どういったところにあるんですか?

山田:とにかく、自分が関心があるからですよ。例えば2012年に塩尻の商店街で空き家を借りていろいろな企画に取り組む『空き家プロジェクト nanoda』を始めたんですけど、それも自分がやってみたかったから、なんです。商店街が元気になるためには何が必要なんだろうって考えたときに、実際に住んでみないと商店街の現状・課題はわからないと思って。そこで空き家を自分で借りて、『●●なのだ!』という主張さえあればどんな企画でもやっていい場所を作ったんです。「朝食なのだ」とか「ワインなのだ」とか。

五十嵐:自分で借りちゃったんですね笑

山田:そうですね、空き家リノベーションも塩尻ではまだ当時は珍しかったので、けっこう目立って気持ちよかったですね(笑)。でも、そういう新しいことをやり始めると、『なんで?予算はどうするの?誰が責任とるの?』とか、そういうことばっかり言われるんですよ。でも、数回で辞めちゃわないで、どんどんやっていこうと。そうすると、Webサイトに残しているイベントアーカイブURLが溜まっていくんですよ。2012年からなので、もうイベントは400回以上と。そういうふうに物事は、一定量に達するまで続けると、あるとき量が質に転化するんです。

五十嵐:んー、そうすると、自分の活動の与信にもなりますよね。次の動きにもつながってくる。

山田:自分の興味のある分野を深掘りして突き詰めていくと、距離を超越するんです。例えば、同じ価値のものが2つあったときは、距離的に近いものを選ぶでしょ。でも、『あそこまでやってるのはあの人しかいない』という唯一無二のものなれば、距離のことを度外視してみんな会いに来てくれるんです。

"山田のところに行けばなにかできる。"コトの始め方、巻き込み方

五十嵐:山田さんの『コト』の起こし方や巻き込み方を教えてください!様々な取り組みがどうやってはじまって、どうやって周りを巻き込んでいるのか。

山田:たとえば自分がお世話になってる人や尊敬する上司から『これやってみよう』って言われたら、『はい』か『イエス』しか言わないですね(笑)。自分に話が来たということは、なにか意味があるんだろうと考えますし、なにか意味をつけようと思うんです。部署異動とかはありますけど、そのスピリットは変わってませんね。振り返ってみたここ10年間は、前任者がいない仕事をやってるんですよ。

五十嵐:最初に血を流す人というか、最初にふぐを食べる人みたいな感じですね(笑)。

山田:始め方の話をするなら、蛇口をひねれば水が出るみたいに、山田を訪ねてくればなにかできるっていう雰囲気を作りたいなって思うんです。大切にしているのは、何かをやりたいというときに、『それは何故なのか』を深掘りすること。やっていることは違うようでも、根っこのところで他の人と一緒だったりしますし。

五十嵐:いろいろな地方のプレイヤーと話してみると、新しいことをやっていこうという人たちと、昔からその地域で何かをしてきた人たちとの対立みたいなものがあることも多いと思うんですよ。そのあたり、塩尻はどう進めているんですか?

山田:そうですね…。若い人の特権は時間なんですよ。言ってしまえば、年配の方にはそれがない。だから、5年10年という時間で見たときに、すぐに自分の時代になるぞというのはありますね。

五十嵐:意外と先を見ているんですね(笑)。

山田:あと、遠くから批判してくる人に対しては、思いっきり距離を詰めて対話するということをしたりします。怒ってるみたいだよって声を耳にしたらその人を訪ねていって『私が山田です!』って言って、ほんとに目の前で顔がくっつく距離まで近づいちゃったりもする。そうするとなんかうまくいくんです。批判の声を上げる人って、エネルギーのある人なんですよ。だから、そのエネルギーがどこを向いていて、どうして声が上がっているのかを聞くと、いろんなものが見えてくる。巻き込み方でいうと、そういうやり方をしたりもしますね。

五十嵐:塩尻市ではWebサイト『塩尻耕人』で、地域で活躍している人を取材していますが、山田さんの知る、『塩尻耕人』にまだ掲載されていない塩尻で一番の『挑戦者』を教えてください!

山田:「農薬・化学肥料不使用の抹茶を売るネットショップ『ジュウナナとニブンノイチ』で起業した、西口 茉莉花さんですね。奈良の生駒市から塩尻市に移住してきた高校生なんですが、お母さんの実家は長野市なんですよね。でも、塩尻には70年前からワインを作っている塩尻志学館高校があるから、そっちに住みたいと。それで、ワインのことをやりたい、やりたいといつも言っていて、彼女の名刺の裏をみたら英検一級とか、伊賀忍者検定一級って書いてある中に、抹茶のことが書いてあったんです。『ワインもいいけど抹茶もいいよね。まだお酒飲めないし、着物着て抹茶っていいじゃん!ワインは20歳になってからやればいいね』と塩尻のイケイケの大人たちの勧めもあって、抹茶のネットショップで本格的に起業しましたね!」

五十嵐:ではでは、最後に、挑戦者へのメッセージをお願いします!

山田:やってみたらわかることがある、だからやってみてほしいと思いますね。もしその結果、私が謝って済むことがあれば謝るし、私が出せるお金なら出しますよ。だって、それは上の世代から私がやってもらったことなんです。「とにかくやってみろ、責任は俺たちが取るから。だって、君たちの時代でしょ。」と言ってくれた自分の上の世代のようになりたいんですよ。

五十嵐:その流れを途切れさせない、という感じですかね。

山田:そういうおじさんって、実は皆さんの周りにいるんですよ!今日もたぶん、この会場に来てますよ!そういう人たちって、若者からのメッセージに反応するんですよ。だから、若者は無理難題を言わなきゃだめ!そして上の世代の人たちは、「・・・うん、なるほど。」と、わからないけど頷けばいいんです!

五十嵐:あはは!

山田:それで「ちょっとやってみたら?」って言ってあげるだけでも、「困ったら連絡してよ」って名刺渡すだけでもいいし、緊張しているようなら「酒でも飲みに行こうか」って連れて行くでもいいし。それが、目に見えない資本として流れて、つながっていくんだろうなと思います。

講演後も、ビールを片手に山田さんを囲んで様々な話で盛り上がった第1回目の「ほっとけないSHOW」。次回は移住プロジェクト「京都移住計画」を運営する田村 篤史さんをゲストに迎えた「ほっとけない京都編」。2019年7月11日19:00よりスタートするこちらのイベント、ぜひご参加ください!
第2回ほっとけないSHOW詳細はこちら


〈ゲストプロフィール〉

山田 崇(やまだ たかし)さん
長野県塩尻市生まれ
塩尻市役所 企画政策部 地方創生推進課 地方創生推進係長(シティプロモーション担当)
空き家プロジェクトnanoda代表
内閣府 地域活性化伝道師

2012年4月より、空き家を活用したプロジェクト「nanoda(なのだ)」をスタート。
TEDx Sakuでのトーク「元ナンパ師の市職員が挑戦する、すごく真面目でナンパな『地域活性化』の取組み」が話題に。
2016年1月からは「MICHIKARA〜地方創生協働リーダーシッププログラム」をスタートし、「グッドデザイン賞2016」を受賞。
2016年9月にソフトバンク地方創生インターンシップ「TURE TECH」
2017年7月から「Career For」(一般社団法人 地域・人材共創機構)他、様々な取り組みに携わる。
著書「日本一おかしな公務員」(日本経済新聞出版社)

(ライター 谷 翔悟)
(写真 ヤリミズユウスケ)